プロフィール

訪問ありがとうございます!!

 

はじめまして、管理人の「ゆった」です。
ピーク時には体重115kgあった「ゆった」が目標体重である70kgを目指してー42kgの糖質制限ダイエットに挑みながら、糖質制限に関連する情報を発信していきます!

ダイエットは3度目、これで最後にして絶対成功させます!!
ブログを通して、同じ境遇の方やこれから糖質制限ダイエットを始める方へ応援になればいいなって思います。

ダラダラとながーく書いているのでダイエットの理由を知りたい方は「決めては彼女の一言」あたりまで飛んでください(笑)

どのようにして太っていったのか?

北海道 札幌市出身 東京都在住 20代半ば 男
好きな食べ物はお寿司、焼き肉

ピーク時の体重は115kg!!
ブログ開始時の身長体重は178cm 106kg
肥満だと言われるようになったのは小学校4年生頃から。
給食は毎日おかわりして、レーズンパンの日には余ったパンを5個食べることも・・・

 

中学生の頃から両親が単身赴任をしていたため母親から料理をみっちり仕込まれる。
この頃から料理が好きで、とにかく新しい料理を作るのにハマる。

よく食べて、よく勉強し、よく運動する・・・
友人たちに囲まれ、肥満であることを除いてはいたって普通な中学生時代を送る。

ちなみに所属していたバドミントン部では割と強かったので ”動けるデブ” と呼ばれた。
当時170cm 87kg

 

高校生の頃には食欲がピークを迎え、1食でご飯4合を平らげる。
1つ上の兄(普通体型)と一緒に6合炊きの炊飯器が1食でカラになった。

何となく「100キロにいくのはまずくね…?」と思っていた。

クラスメイトからは「痩せたら絶対カッコイイのに」と言われ続け割と真に受けていました(笑)
当時178cm 98kg

 

その後、専門学校に通い始める。

学校は街中のオフィス街にあったため近くには定食屋が軒を連ねた。
中でも「ご飯、味噌汁、漬物おかわり自由」の定食屋が気に入りお昼はほぼ毎日通う。
お気に入りは「チキンカツ定食」なんとワンコインの500円だった。

ほぼ毎日通っていたのでパートのおばちゃんたちに覚えられ、大盛りサービスしてくれるようになり「いつもので」で注文が通る状態までになる。まるでバーの常連(笑)

運動はしなくなったが食欲はそれほど変わらなかったので、ついに大台の100kgを突破。

高校生の頃、割と真剣に考えていた「100キロにいくのはまずくね…?」という心の中のボーダーラインは完全に忘れ去られていた。
当時112kg

 

いろいろあって東京の大学へ進学し一人暮らしを始める。

家は商店街を抜けた先にあり、家にたどり着くころにはその日の晩御飯を済ませ、お菓子の入った袋を片手に帰宅することも珍しくなかった。

週末には激安の配達ピザや丼屋を頼み家に籠りがちに…
そして所属していたバドミントンサークルに行かなくなる。

ある日、ネットで糖質制限ダイエットの記事を見かけて半信半疑で始めてみる。
するとみるみる痩せていき約97kgに

「ダイエットとか超余裕だなwww」と調子に乗りいつでも痩せられると信じ込む。

せっかく約15kgもやせたのにあっさりリバウンド→115kgの新記録をたたき出す

しかしその後、自身の太れる限界にきていたのかすぐに112kgまで体重がもどる。

「いつでもやせられる、いつかダイエットしよう」
と思っていた大学2年生のある日、ダイエットを決意する事件が起きる。

 

 

突然のギックリ腰

それはもう突然の出来事。
洗濯物を取り入れ、たたもうとしていた時だった。

床にタオルが落ちているのに気が付かず、その上を歩き転倒。

尻もちをついたときに「ウッ!?」と変な声がでる。
腰のあたりが温かくなるような感覚の後、痛みがじわ~と広がっていく。
立ち上がろうとすると激痛が走り、あまりの痛みに顔が歪む・・・そして察した。


「あっ…これってギックリ腰ってやつじゃないか?」

痛みで動けず、立ち上がれない。
しかし座っているのも痛くてたまらない。
まさに地獄だった。

強烈な痛みに耐えながら、なんとかベッドに横たわりスマホで近場の整骨院を調べ、その日はとりあえず就寝…いや眠れない。


痛すぎて眠れない!!

結局眠れず次の日、朝いちで整骨院に向かうことに。

幸いなことに歩いて5分の距離に、親切で腕も良いと有名な整骨院があった。

激痛に耐えながらベッドから起き上がる…痛みで靴下は履けなかった。
何とか靴を履き、5分の距離を20分以上かけて到着。

整骨院で詳細を話すとどうやら中度のギックリ腰のようだった。
これで中度なの?重度になると一体どうなってしまうんだろう…

院長先生は言った

「キミ、太りすぎだよ痩せなきゃ」

一度は糖質制限で98kgまで落ちたこと、リバウンドしたことを話すと

「勿体ないことしたねぇ、肥満でギックリ腰になるとね~ぶり返すし治りづらいんだよ」

ぶり返す…? え?この痛みがまたくるの??

 

 

冗談じゃないぞ!!!!

 

 

こうしてダイエットを決意したのだった。

ちなみに重度のギックリ腰になるとどうなるんですか?と聞いてみると

「見たことはないけど痛みで失神する人もいるらしいよ~」とのこと。
多分、ギックリ腰になったことのない方は冗談だと思うことだろう。
私は割とマジなんじゃないかと思ってます。

ちなみにギックリ腰の痛みが完全になくなるまで3カ月以上かかった。

 

経験はしたが成長はしなかった

 

ギックリ腰の痛みも落ち着いて数か月が経った頃、そろそろ糖質制限するか…と思い始めたのが大学3年生の4月頃だった。

所属していたサークルでは春休みと夏休みに団体で国内旅行や海外旅行に行くのが伝統になっており、今年の夏休みは日本の離島に行くことになった。

行先の候補は小笠原諸島の父島と母島が上がったのだが、フェリーの費用と宿泊費が高額だったため断念。そこで八丈島に1週間の予定を立てた。

夏に行くということもあり糖質制限するなら今がいいんじゃないかと思い再び糖質制限を始める。

しかし今度は思うようにやせなかった…思い返せば糖質制限は週に3,4回ほどで、飲み会に行けば食べたいものを食べたいだけ食べる。糖質制限中なのに宅配のLサイズピザを1枚丸ごと食べる。レポートが忙しいときはスーパーの見切り品お弁当を1食で3つも食べる。そんな生活をしていたのだからやせなくて当たり前だ。

結果、夏休みまでに5kgほどしかやせず、おまけにギックリ腰が再発して八丈島行きは急きょキャンセルするのだった…。

腰の痛みから家に籠りがちになり夏休みが明ける頃には体重もすっかり元通りになっていた。

夏休み明けのガイダンスでサークルメンバーに会ったときの言葉は今でも忘れられない。

「あれ?お前太った?w まぁ、もとから太ってるけどwww」

ガイダンスの内容は耳に入ってこなかった。

 

決めては彼女のひとこと

私には大学2年の頃から付き合っている彼女がいる。とても温厚な性格をしている女の子だ。

そんな彼女と電話しているときだった

「前々から思ってたけど外で一緒に歩くのちょっと恥ずかしい」

ぼそっと彼女が呟いたその一言が3回目の糖質制限を決意させた。

誰かに言われて痩せようとするなんて何とも情けない話だが…

 

ブログを書くことで退路を断つ

ブログを書く理由はこれが大きい。

誰かに見てもらうこと
自身でダイエットの経過を残すこと

私は意思が弱いのだろう、そうでなければここまでの肥満にはなっていないはずだ。
だからこそ、こういった形を取った。

今度こそダイエットに成功し、苦労の軌跡を残すことで二度とリバウンドをしないために。